(1)価格改定 ②値下げ

2010-10-31

②値下げ

一昔前のデフレの時代には、値下げが相次ぎました。

この値下げ、下手をすると、利益を大幅に減らしてしまうのです。

値上げのケースで説明した会社を例に説明します。

もし、1%の値下げを実施した場合、売上高は99億円に増加する一方で、仕入れ(30億円)と販売管理費(67億円)は変化しないので、営業利益は2億円となります。減益額で1億円、減益率は33%の大幅減益です。

こちらも、値下げしても売上数量が減らないという前提です。

実際には、値下げをすれば、ある程度数量が増えると思われるかもしれませんが、競合他社による対抗値下げがある場合は、数量の増加は期待できないので、本当に大幅な減益となる可能性が高いのです。
 

【売上高営業利益率3%】    
  値上げ前 値下げ後 変化率
売上高 100 99 -1.0%
 -仕入れ 30 30 0.0%
売上総利益 70 69 -1.4%
 -販売管理費 67 67 0.0%
営業利益 3 2 -33.3%
       
【売上高営業利益率10%】    
  値上げ前 値下げ後 変化率
売上高 100 99 -1.0%
 -仕入れ 30 30 0.0%
売上総利益 70 69 -1.4%
 -販売管理費 60 60 0.0%
営業利益 10 9 -10.0%

 (レモン市場では値下げはするな!)
レモン市場では、値下げをするとますます売れなくなるといわれています。レモンといっても本物の果物のレモンのことではありません。不良中古車のことです。米国では、レモンは外皮が厚く中味が分かりにくいことから、また、英語のレモンには「すっぱい」「うまくいかない」という意味があることから、転じて「(外部からはわからない)欠陥品」を指すようになったといわれています。一方、優良中古車はピーチといわれます。こちらは、外皮が薄く中味が推測しやすいことから、また、英語のピーチには「すてきなもの(人)」という意味があることから、「優良品」を指すようです。

さて、中古車は新車に比べれば安く買えるというメリットがありますが、外見だけでは性能までは判断できないという問題があります。「もし、事故車や欠陥車を掴まされると大変だ」と買い手は考えています。

そういう状況で値段を下げると、買い手は「この中古車には何か問題があるのではないか」と疑心暗鬼になってしまいます。その結果、かえって売れ行きが悪くなってしまうのです。

通常の商品なら、価格を下げれば買い手が増えますが、中古車など一部の商品では価格を下げれば逆に買い手が減ることがあるのです。

なぜ、こういうことが起こるかといえば、多くは「価格のシグナル効果」と「情報の非対称性」のせいです。価格には商品の品質を表す機能があるといわれていますが、これが「価格のシグナル効果」です。「高い価格の商品は高品質で、低い価格の商品は低品質である」と多くの買い手は認識するということです。したがって、価格を下げれば、品質が悪い商品だと思われる可能性が高まるのです。しかし、本当の品質は、売り手にしかわかりません。これが「情報の非対称性」です。その結果、買い手からすれば、「相当な欠陥商品」の可能性が高いと判断するのです。もしかするとお買い得商品の可能性もありますが、「安物買いの銭失い」の可能性が高いと感じて、買うのを止めようとするのです。

似たようなケースは、装飾品などでもみられます。あまり値下げをすると粗悪品の可能性が高いと受け止められ売れ行きが鈍ることがあります。

(じゃがいもの値段が下がると売れなくなる?)
普通は価格が上がると売れ行きが悪くなりますが、時と場合によっては逆に価格が上がったのに売れ行きがよくなることがあります。例えば、19世紀のアイルランドのジャガイモがそうです。少し悲しい事例ですが、経済学上で有名な事例なので紹介します。

19世紀初め、アイルランド人はイングランドによって土地を奪われ小作農家にならざるを得ませんでした。小作農家は、主に小麦を栽培して地主に納めていましたが、やがて、地主に納めなくてもよく、かつ、痩せた土地でも栽培できるジャガイモの栽培を開始しました。その後、ジャガイモの栽培は急速に普及しました。しかし、1845年から4年間、ヨーロッパ全域でジャガイモに疫病が発生し、大飢饉(ききん)が起こりました。

アイルランドの貧民は大飢饉に際し、パンに比べて安く、しかも腹持ちがよいという理由で、なるべくジャガイモを買うようになりました。ジャガイモの需要が跳ね上がり、自然と価格は上昇しました。価格が上昇するとジャガイモに支払うお金が増えたため、ますますパンが買えなくなり、ジャガイモを買わざる得なくなりました。そうなると更にジャガイモの価格が上昇するという悪循環に陥りました。

この悲劇を経済学的に説明したイギリスの経済学者ギッフェンの名前に因んで、価格の上昇に対して需要量が増加する財(価格の下落に対して需要量が減少する財)を、経済学ではギッフェン財といいます。

(発泡酒は値下げしない方がいい?)
ギッフェン財の場合、値下げは禁物です。ただ、ギッフェン財というのは、ある状況下で結果的に起きることなので特定が難しいのです。実際、先ほど説明したジャガイモも大飢饉時のアイルランドではギッフェン財となりましたが、通常は、価格が上昇すれば需要が減少する普通の財(商品)です。

そうはいっても、値下げをして売り上げが減ってはたまったものではありませんので、注意が必要です。

ギッフェン財になる可能性がある商品には、ある特徴があります。

それは、「安いから買っている」という商品です。言い換えれば、所得が増えるとかえって需要が減少してしまう商品です。因みに経済学では、このような商品を「下級財」又は「劣等財」といいます。反対に所得が増えると需要が増加する商品は「上級財」又は「優等財」といいます。例えば、マーガリンが「下級財」で、バターは「上級財」といわれています。(もちろん、健康に良いことであえてマーガリンを購入しているとすれば、下級財とはいえませんので、実は、この分類も曖昧なのです。)

さて、発泡酒は、ギッフェン財に当たるでしょうか。

本当はビールが好きなのですが、安いから仕方なく発泡酒も飲んでいる人も多いでしょう。例えば、佐藤さんはビール類を毎月30本飲んでおり、1か月にビール類に使える予算は5,000円だとします。また、現在、ビールは200円で発泡酒が150円だとします。この場合、ビールを10本に抑えて、発泡酒を20本にすれば、予算内(5,000円)で30本飲めます。もし、所得が増えて予算が6,000円に増えれば、発泡酒を飲まずに、ビールだけ30本にすることができます。

ここで、(ビールは200円のままで)発泡酒が100円に値下がりしたとしましょう。すると、ビールを10本から20本に増やして、発泡酒を10本に減らしても、予算内(5,000円)で30本飲めるようになります。この結果、発泡酒の値下げにも関わらず、佐藤家の発泡酒の消費量は大幅に減少することになるのです。この人にとっては、発泡酒はギッフェン財なのです。もし、佐藤家と同じような消費行動をする家庭が多ければ、全体的にもギッフェン財といえるのです。その場合は、値下げは禁物です。 

(発泡酒の値下げ前)  
 

単価

数量

金額
ビール 200 10 2,000
発泡酒 150 20 3,000
合計 30 5,000
       
(発泡酒の値下げ後)  
  単価 数量 金額
ビール 200 20 4,000
発泡酒 100 10 1,000
合計 30 5,000
         

(ユニクロもギッフェン財?)
ユニクロの商品もギッフェン財でしょうか。その可能性はありますね。所得が増えれば他社のブランドの服を増やすでしょうし、ユニクロの商品の値段が下がると、やはり他のブランドの服の数が増える可能性が大きいでしょう。

もし、そうだとすれば、ユニクロはどうすればよいのでしょうか。参考になるのが、米国最大級のカジュアル衣料小売りのギャップの戦略です。

ギャップは、「ギャップブランド」の上に、比較的高所得層向けの高級なカジュアル「バナナリパブリック」ブランドを持ち、「ギャップブランド」の下に、比較的低所得層向けの「オールドネイビー」ブランドを保有しています。これは、一般には、品質・価格帯の違うブランドをそろえておき、消費者自身に選ばせることで価格差別を図るという「自己選択メカニズム」を利用した戦略とつかまえられています。化粧品や自動車でよく利用されている戦略で、様々な消費者を取り込むことができる商品(ブランド)戦略です。

実は、この「自己選択メカニズム」を利用すると景気の変動によるリスクも回避できるのです。例えば、景気が低迷すると「バナナリパブリックブランド」の売上げが落ち、「オールドネイビーブランド」の売上が伸びるでしょう。しかし、ギャップ全体とすれば、売上にさほど変化はないでしょう。逆に、景気が良くなると「バナナリパブリックブランド」の売上げが伸び、「オールドネイビーブランド」の売上が落ちるでしょう。この場合も、ギャップ全体とすれば、売上にさほど変化はないでしょう。こうして、ギャップは、全体としては、景気変動により生ずる売上変動のリスクを回避できるのです。

GAPのブランド戦略  
ブランド名 所得層
バナナリパブリック 高い
ギャップ 中間
オールドネイビー 低い

 

(悪貨は良貨を駆逐する)

売上げが伸びなくなるとつい頼ってしまうのが、値下げ。

確かに、値下げをすれば、それまでの値段では来なかった利用者が新たに増える可能性が高いのです。

しかし、気を付けなくてはならないのは、その新規のお客のお陰で、なじみの顧客の足が遠のく恐れもあるのです。

例えば、1泊2食付3万円が相場の高級旅館が、1泊朝食付1万円という激安の価格設定をしたとしましょう。

その結果、茶髪のお兄ちゃんやガングロのお姉ちゃんも泊まるようになるでしょう。

しかし、高級で静かな佇まいや落ち着いた雰囲気を求めて何度も泊まっていた顧客は、がっくりして、泊まらなくなってしまいます。

もちろん、利益をもたらしていたのは、3万円で泊まってくれていたこれらのリピート客です。しかし、一度失った信用やブランドを取り戻すことは大変です。

マクドナルドがかつて65円バーガーという超低価格戦略を採ったことがあります。この戦略は、短期的には大成功でしたが、長い目でみると、利益体質を痛めたといわれています。

その理由の一つが、この「悪貨は良貨を駆逐する」現象だったといわれています。

確かに65円バーガーのお陰で中学生や高校生が多く来店するようになりました。しかし、その反面、中・高校生で騒がしく、しかも大混雑のマクドナルドを、ビジネスマンやOLといった優良顧客は避けるようになってしまったのです。

値下げには、こんな怖い面もあるのでお気を付けください。